「あっれー? サックラちゃーん、偶然だねー。もしかして・・・、オレの事、探してたのー?」
「・・・そんな事してません。あなたこそ、何待ち伏せしてるんですか?」
「あははは、バレた?」
「白々しい・・・」
スタスタスタ・・・
「やだなー。何怒ってんのぉー?」
「・・・・・・」
不機嫌そうにアカデミーの前庭を足早に歩くピンクの少女と、ニコニコと彼女に付き纏っているシルバーの少年。
ここ数日、木の葉の里のあちこちで頻繁に目撃されている、ちょっとした有名人の二人である。
――― 理不尽な彼氏! ―――
「ねぇねぇ、何そんなに急いでんのさ?」
「これでも普通に歩いてるんです。・・・って言うか、何で毎日毎日私の周りをうろついてるんですか!?」
「だって、サクラちゃんとデートしたいし。もう仕事終わったんならどっか行こうよ」
「お断りします!!」
真っ赤になりながら断固として少年の誘いを拒否する少女だが、全くと言っていいほど少年にその意思は伝わっていない。
少年は、ポケットに手を突っ込んだままフンフンと鼻歌を歌って、軽くスキップを繰り返している。
少女の抗議など、まったくもって何処吹く風・・・、相変わらず少年の方が一枚も二枚も上手のままだ。
「そうだなぁ・・・、何だか腹も減ってきたし・・・。ハンバーガーでも食いにいく?」
「行きません」
「ピザの方が良い?」
「イヤです」
「じゃ、チキンにしようか」
「あの・・・差し出がましいですけど、そんな高脂肪高カロリーのものばっかり食べてたら、あっという間に成人病ですよ。
もう少し栄養バランスを考えないと・・・」
余計なお世話だと分かっていても、職業意識に目覚めて、ついつい少年の食生活に口を挟んでしまう。
途端に少年の顔がパッと輝いた。
「優しいんだねー!サクラちゃん!!」
ガシッ――
「んがぁぁぁぁーーー!」
「そんなにオレの身体を心配してくれてたなんて・・・、感激だぁー!」
「は、離してぇぇぇーー!」
場所も人目も全く気にせず、固く少女を抱擁する少年。
いや、抱擁というより、むしろ強引に羽交い締めにしている。
少女がバタバタと手足をばたつかせて何とか少年の腕から逃れようとしても、力では全く少年に敵わない。
逆に、どんどん拘束がきつくなり、下手すれば窒息死させられそうになっている。
(な、何すんのよぉ、コイツ・・・! こ、こんな正面入り口の真ん前で・・・)
通りすがる忍達が、ニヤニヤしながら横目で見ている。
「誰でも良いから助けて・・・」と、血眼になって辺りを見回してみても、誰一人として救いの手を差し伸べてはくれない。
いい話の種が見付かったと、冷やかしの視線だけを投げ掛けて去っていくばかり。
これでまた明日も、アカデミーはこの二人の噂で持ち切りになること間違いなし・・・。
(どうして私ばっかりこんな目に遭うのよぉー・・・!)
数日前、怪我をして医務室に訪れた少年へ、少女が甲斐甲斐しく手当てをした。
それが、少年にとっては恋の始まり。そして、少女にとっては悪夢の始まりで・・・。
以来、少女はひっきりなしに、かくも情熱的なアプローチを少年からされ続けている。
場所も時間も選ばず、とにかく神出鬼没に現れ出でては、見境なしに攻め寄ってきて、
周りに人がいようがいまいがお構いなしに、ベタベタと手を繋いできたり、抱きついてきたり・・・。
ここまでされると、“嬉しい”の限度を軽く超えて、もう立派な“嫌がらせ”である。
しかも、こんなチャランポランな性格に見えても、実はこの少年、里の女の子達に大人気なのだ。
人目を憚らず、どうだといわんばかりにベタつく二人を見て、当然彼女達は面白くない。
その結果、彼女達からの言われなき誹謗中傷を、一身に受ける破目になった少女。
今だって、ニヤニヤ見守る視線に紛れて、チクチクと刺すような視線が少女に向けられている。
「どうして私なんですか・・・?」
「ん?」
「あなたくらい人気あるなら、どんな女の子でも選り取り見取りでしょう? 別に私じゃなくても良いじゃないですか・・・」
「何言ってんのさ。サクラちゃんはオレの命の恩人なんだよー。サクラちゃんじゃなきゃ、ダメでしょーが」
「恩人なんて大袈裟な・・・。あんな傷放っといたって、命に別状ないです・・・」
「でもさ、そんな傷でも一生懸命治療してくれたじゃないの」
ニコニコと顔いっぱいで嬉しそうに笑っている。
ビックリするほど純真な笑顔。
真正面から投げ掛けられて、少女は不覚にも、ドキッ・・・とときめいてしまった。
(い、いけない、いけない・・・。また騙されるところだった・・・)
何度も不意打ちを食らっている、この少年の天真爛漫な表情に、少女は滅法弱かった。
幼いながらも母性本能を刺激されて、どんなにツンツン怒っていてもいつの間にか少年の言う事を聞いてしまっている。
つい赤らめてしまった顔を、慌てて隠した。こんなところを少年に見られたら・・・。
しかし、そうやって油断をしていると――
もぞもぞ・・・
「んー・・・。ホント運命の出逢いだったよねー。ロマンスの神様に感謝!」
「ひぃぃぃーーー! ど、どこ触ってんですかぁ!? 絶ぇーっ対、勘違いです! お願いだから手ぇどけてください」
「なぁーに恥ずかしがってんの? 知らない仲でもないのにさ・・・」
「知らない仲でしょ! 誤解を生じるような発言は止めてください!」
「えー・・・。チューまでした仲――」
「きゃぁぁぁぁーーー!」
慌てた少女が少年の口を急いで塞いだ。これ以上嫌がらせのネタを増やされたら堪らない。
「んぐぐぐ・・・」
「してないしてないしてない・・・」
「・・・っぷはー・・・。何・・・? 急にどうしたの?」
「してないしてないしてない・・・何もしてないしてないしてない・・・」
「したじゃん」
「してません! あれは事故です!」
少女の同意もなしに強引に仕掛けられた初めてのキスは、今や触れてはいけない過去の傷である。
初めこそ、結構イケメンの少年に大胆に迫られて、思わずポー・・・と心ときめかせていた少女だったが、
その後の猛烈怒涛の展開に、その淡い憧れはあえなく露と消え果てた。
ロマンチックなシチュエーション、ロマンチックな会話、そして、ロマンチックな彼氏・・・
憧れ続けた乙女のファーストキスの夢は、出来る事なら忘れ去りたい第一級悪夢に成り果て、今ではひたすら時が傷を癒してくれるのを
待つばかりである。
「事故? 事故って、予測不可能で災難に遭ったって事? オレはちゃーんと予測してたのに・・・」
「あ、あなたは予測できても、私はできませんでした!」
「あー、なるほど。それが気に入らなかったのかー。じゃ、今度はちゃんと予測してね」
「は・・・?」
ニヤッと笑った少年の顔に、何か良からぬものを感じる。
少女が咄嗟に後ずさりしようとした瞬間、またもグイッと身体を引き寄せられ・・・、
チューーーッ
(えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
それなりに人通りの多いアカデミーの前庭。
まだ十分に明るいその場所で、またしても少年の良いようにされてしまった少女。
一度のみならず二度までも、“乙女の憧れ”を容赦なく踏みにじられ、その上――
ズサズサズサッ・・・
目には見えない幾千もの惨忍な氷の刃が、容赦なく少女の全身に降ってかかってきた。
「ひひひひひひひ・・・」
「どう? 今度はOK?」
「ひどいひどいひどい・・・。どどどどうしてどうしてどうして・・・」
「えっ? サクラちゃんが『この前のは事故だ』って不満そうだから、もう一回やり直したほうがいいのかなって思って・・・」
にかっと無邪気に笑いながら、少年が空恐ろしい事を告げる。
「今度こそ、ちゃんとチューした仲だよねー、オレ達。証人だっていっぱい居るしさー。」
「んががががが・・・」
「そんな鼻息荒くして興奮しなくても・・・、あははは、そんなに刺激的だったの?」
「・・・・・・」
周りの見物人達が、足を止めて面白そうに見守っている。
それだけでも、少女は気絶しそうなほど恥ずかしくてしようがない。
『穴があったら入りたい』
これほど切実に思った事はないだろう。少女は本気で、スコップが落ちてないか足元を見回してしまった。
「ここここんなの・・・こんなの・・・」
「ん? 何?」
「こんなの、こんなの・・・、絶っ対、正しいチューじゃなぁぁぁぁい! こんなの、こんなの、絶対に、真違ってるぅぅぅーーーー!」
「・・・・・・え・・・?」
身体中をブルブル震わせ、涙ながらに絶叫する少女。
しかし、少女の雄叫びに、少年はなぜだか嬉しそうに顔を綻ばせている。
「そっかー。こんなのじゃダメかー。何だ、サクラちゃんって結構ダ・イ・タ・ン!」
「・・・はぇ?」
予想外の少年の反応に戸惑いの色を隠せない少女の顔を、ガシッと少年の両手が力強く掴んだ。
「っが! ななななななになになに・・・」
「じゃ、今度こそ、ちゃんとしたヤツね・・・」
妖しく笑うオッドアイがゆっくりと近付いてくる・・・。
「んー・・・」
ぺろん・・・
遠慮を知らない少年の舌が、少女のそれを絡め取った。
「!!!」
(これって、これって、これって・・・)
カァァァァァァァァァァ・・・
火が噴き出るほど真っ赤に染まる少女の顔。
「ヒューヒュー!」
面白そうに見物していたギャラリー達から冷やかしの声が盛大に上がる。
それに合わせて、どす黒いチャクラの大鉈が容赦なく少女に向かって襲い掛かってきた。
グサーッグサーッグサーッ!
「う・・・うぅ・・・」
(な、なんで・・・なんで・・・私が・・・こんな目に・・・)
これで明日も『嫌がらせの護符』だの『不幸のまじない』だのが、少女の元へ山のように届くに違いない・・・。
この少年が付き纏っている限り、この先ずーっと里中の女の子から、いわれなき意地悪を受け続けるであろう少女。
(あぁ・・・、とんでもない人に目を付けられた・・・)
嬉しいとか恥ずかしいとか言うよりも、ひたすら我が身の不幸が気に掛かる。
思わずクタクタ・・・と全身の力が抜け去って、その場にしゃがみ込みそうになってしまった。
「あれ? サクラちゃん?」
「・・・・・・」
「あー、もしかして、“イッちゃった”とか・・・? あははー、ごめーんね! オレって罪作りー」
「・・・・・・」
言い返す元気もない。
(誰か・・・、この人に言ってやって・・・)
少女が、あからさまに嫌がる素振りを見せても、ことごとく自分の都合の良いように解釈してしまう少年の能天気さ。
いくら少女が違うと説明しても、一切無駄のようで――
クラ・・・
本気で眩暈がしてきた。
ヒューヒュー・・・
周りの野次が、遠い他人事のようにぼんやりと聞こえてくる・・・。
もうどうにでもなれ・・・。
半ばやけっぱちで、少年にもたれかかりながらゆっくりと目を閉じた。
薄っすらと消え行く意識の中、この先どうすれば平穏無事にアカデミー生活が送れるのか、それだけが気懸かりな少女・・・。
果たして彼女に心穏やかな安息の日々が再び訪れる事は、あるのだろうか・・・?